ユミ
  

ラファの街、ブラジル地区を歩くといたるところから聞こえてくる
 「ユミ。ユミ!!」
 角を曲がると声がする。
 「ハイ、ユミ!」

 買い物をすると話しかけられる
 「元気か?ユミ!」
 今のラファで、これほど有名な外国人はいないだろう。ブラジル地区中で、ユミのことは話題になっている。ラファの人口は17万人。ブラジル地区だけで万単位で人が住んでいるだろう。その何割が知っているかは分からないが、とにかくユミはラファの人々にたくさん愛されている。
前回、このラファに来たのは2月。ちょうど半年くらい前だ。

寺畑さん(=ユミ)はこの街の現状を切々と訴えていた。当時はジェニンという「ヨルダン川西岸」の街における支援を行っていたが、やはりその優先度からすると、世界でもっとも危ないところ(=Hot Spot)と呼ばれるラファで活動したいという願いが寺畑さんにはあった。

そこに5月の初旬やってきた寺畑さんは、地元の有力者、ダルウイーッシュ氏の支援を受け、事務所を借り、有能な例の3人の人材を得、現在に至っている。心理社会的ケアに参加する子どもたちは、このブラジル地区にあるコミュニティセンター的な組織からの推薦を受け、大変適切に人選したと思う。それでも人選にもれた子どもや親から、「次は自分のところの子どもをよろしくね」といわれている。
すでに「Frontline」の活動はこのブラジル地区で認知されているのだ。

さて、寺畑さんは英語クラスを担当している。


  


現地駐在員 寺畑由美さん

かつてNGO界に入る前は首都圏で英語教師をしていたその実績を活かして、少年少女に英語を教えているのだ。
もちろん学校でも勉強している「英語」であるから、我が事務所で行っているクラスは、よりワークショップ的な要素を強調した、参加型のものである。絵を描いたり、役割を演じたり…非常に工夫されている授業である。

しかし、20人の「少女クラス」は非常にまとまりもあり、丁寧な取り組みがみられて寺畑さんもやりやすそうであるが、問題はもう20人の「少年クラス」である。それを10人ずつにわけてガッサンのクラスと交代制で隔日の授業を行っているのだが、クラスAのほうに、とにかく落ち着かない子どもが多いので、手を焼いている。

アブデル・ハーディが通訳としてはいるのだが、少女クラスは、寺畑さんが英語のみでやってもちゃんとついてくる。
やはりこういったクラスはできるだけアラビア語で通訳しないほうが力がつくのだ。

しかし少年クラスAは、もうアラビア語で通訳してもその内容についてこないほど、隣の人にちょっかい出したり、一人で好き勝手なことをしだしたり…と落ち着かない。

Hyperactive(過剰行動)児なのではないかと思うほど、ひどい状態の子が、2,3人いて大変だ。
寺畑さんは声を嗄らしつつ、何とか授業を進めている。

しかしよく観察してみると、そのHyperactiveな子どもたちにもちゃんと表情があり、気分の変動があるのだ。友達になにか言われて、しゅんとなったり、寺畑さんに本気で起こられて、落ち込んだりしている。
その意味では、やはり個々の性格が出ているのであろうこのクラスA…。
今後どんな教室運営になっていくのは、不安でもあり、楽しみでもある。

さて、寺畑さんはこのラファ事務所の駐在でもあり、要するにその代表である。だから、ガッサン、ガーダ、アブデル・ハーディの上司であるのだ。
これがなかなか厳しい上司であるから大したものである。
ガッサンは、よく遅れてきていた。その都度、非常に厳しく、けれど傷つかないようにたしなめたら、3日目からは5分も早くくるようになった。小さなことのようで、こういった事をちゃんと押さえていくことは、外国人駐在に求められている「資質」である。
 
あるとき、ガッサンが桑山の講義の途中、なにか別のものを書いている様子だった。
寺畑さんは、ガッサンを手招きで外に出して、たしなめた。
「みんなの前で注意しすぎると、彼にもプライドもあるだろうから…」との判断であった。
プライドの高いパレスチナの人々をよく理解していると思う対応だった。

こうして、近隣から寝ていてもおきていても扉の前で「ユミ!ユミ!」と名前を呼ばれつづけている日本人寺畑由美であるが、アラビア語も非常に上達して、冗談で相手を笑わせるほどになっていた。
もともと17歳までニューヨークで育った帰国子女であり、英語が母国語なのであるが、第3の言語がアラビア語になると、誰が想像しただろうか・・・。しかし非常に楽しそうにしゃべっているのだから、上達もするというものだろう。

そんな寺畑さんの長年の夢、それは、ロバを買って荷車をつけ、それで家庭訪問することだという。
それを聞いたアブデル・ハーディが、
「どこにFrontlineのロゴをつけるって?荷馬車?やっぱりそりゃあロバの腹だョねえ」
といって嘆いていた。
それでもやっぱり寺畑さんは「ロバがほしい」のである。

ちなみに荷台つきで約600ドルくらいだという・・・

高いんだか安いんだか…

桑山紀彦